小日記

日々のちょっとしたこと

ある一日

「今夜こそ言おう」と決めた日の朝、起き抜けに映画の時間を調べた。なるべく長くて重い作品が見たかった。渋谷と表参道の間にある小さな映画館で、関東大震災朝鮮人虐殺事件をテーマにした作品を上映していたので、それを見に行くことにした。
映画館では、いつも1番後ろの端っこの席に座る。昔仕事で映画紹介の連載を担当していたとき、試写会では1番後ろの端の席が人気だった。試写場は狭いことが多いのでその席に皆座りたがるのだが、未だに映画館でもそうしてしまう。
映画がはじまると、私はこうして一人の休日を楽しむのが好きだと思った。映画の中では、愛し合うアナキストの男女が逮捕され、共に死刑になることを望んでいた。女は男に向かって「お前が死んでも一人にはしない」と言った。ひとりの異性に対してそんなにのめり込めるのが羨ましいと思った。以前、私が友達に「好きな人があまりできない」と話したとき、冗談で「糖尿かもよ」と言われたことがある。性欲の減退は糖尿病の症状だという。それを聞いたときは思わず笑ってしまったけど、本当に糖尿のせいならいいなと今は思う。
映画を観終わって青山方面へ歩く。四月の夕方は涼しい。薄着で家を出たことを少し後悔する。なかなか家に帰りたくなくて、表参道の駅の中の店でクレープを食べた。生クリームを大量摂取したことで、少しだけ気持ちが上を向く。
家に着いてテレビをつけると、オールスター感謝祭をやっていた。さみしい気持ちになりたくなかったので、テレビは付けたままで音量を下げて電話をかけた。
用件を伝えつつ、「このことで自信を無くしたりしてほしくない」と言った。すると相手は「それは大丈夫」と力強く返し、私のことを誠実だと言ってくれた。貸していた本はあげるつもりだったので処分して構わないと言おうと思っていたが、そんな話題すら出なかった。
互いに「またご飯でも」と言って電話を切る。でも私は知ってる。そんな機会はもう来ないことを。
テレビの音量を戻し、パソコンを付けて、明日やってる映画の時間を調べた。好きな監督と俳優が出ているイギリスのコメディと、有名なファッションデザイナーのドキュメンタリーのチケットを予約する。
明日は1日落ち込むだろう。でも月曜日になったら目の前の仕事に追われることになる。そのうちだんだん忘れていって、懐かしむことができる程度のことになる。そうなることを知っている。先のことを知っているのは切ないなぁと思う。